毎月受けている夕馬さんのセッション、毎回濃い内容ではありますが、先日のセッションでは久しぶりのショックなほどの濃厚さでございました(←いい意味)
テーマは「正社員になることが怖い」からの【自立】
私は昔から就職や恋愛、結婚など、いわゆる大人として自立につながるイベントに、極端過ぎる恐怖心がありました。
本当にピーターパンかよ😱ピーターパンはまだ、本人が望んで大人になりたくないんでしょうから、まだマシ。私は頭では普通の大人を望んでいるのに、呪いのように無意識がそうしてしまうピーターパン。
正確には大人になることで何かを失ってしまうという恐怖心がずっと無意識の中に埋め込まれていた気がします。
夕馬さんのブログのこちらの記事を読んで、「私にとっての復讐は自立することだと思いました」と答えたところ、早速鋭い問いがやって来ました。
“親が子供を自立させるというのは親の当然の務めであるはずのこと”という前置きからの
「なぜ自立してはいけないの?」と--。
私は頭が混乱していました。言葉が全く出てこなくて、それを見てか畳み掛けるように言葉を変えた質問をしてくださって、それでも頭が真っ白になっていく感覚。
そばにいた方が家族のフォローができるしとか、それに似たことを繰り返し言ってた気がします。
「全部自立できないことの言い訳に聞こえるんだけど」
この言葉は他人に置き換えるとすごいわかる。
なのに、私の無意識さんが怖がっていて、なんとか拒否したい・・・
でも、突然「私が世話してあげないとって思ってます」って言葉が出て来て、
「そうよね。”私がいないと”って思ってるよね。でもそれ、お母さんも同じこと思ってるわよ。」
そこで母娘の”呪いの正体”がわかって来た気がしたのです。
私は自立することを親への復讐のように考えてきました。
「見返したい」「一人前だと認めさせたい」
でも冷静に考えてみると、本来当たり前の「自立」が復讐になってる時点で親との関係性の中にいる。
“自立したい”
と思っていたのではなく、
“自立してはいけない”
というルールの中にいる。
母って娘を自分の地続きのように見えやすいというのは、姪っ子との関係でもちょっとだけ触れることができる。
うちの姪っ子たちのママは私とは義理の関係なんで、どこか”よその子”って感覚があるが、これが実の妹の子だったらもっと期待があっただろうなって思う。言葉ではなかなか書ききれないけど。
そして私はとにかく
自立=一人暮らし
としか考えてなかったんだけど
「距離は関係ない」と言われた。
「実家に住むな」っていう単純な話じゃなくて、とにかく私自身がどう生きたいか、の話。
「親の期待に応える一生でもぜんっぜん構わないけど、どう見てもアナタはそうしたいと思ってないように感じる。」
ここまで文章にするのも抵抗はあったけど、何とか書けました😮💨
