乳がんを経験して⑪

からだのこと

つい先日淡路島に一人旅に行きました!

久しぶりに車を運転し、淡路島から沼島というさらに小さな島にも行ってみたり、プチ冒険でした!

前回↓の続きです『乳がんを経験して⑨』ゴールデンウィーク最終日の新緑の京都お気に入りの神社にて⛩️術後4ヶ月近く経ち、さらに元気になりました先日受けた夕馬さんのセッションでも以前の状態に95%くら…ameblo.jp

書き出すと思い出すことがいっぱいあって、ついつい長文に、、、、

いつかの自分のためにもなればいいかなと思います😊

よろしければお付き合いください。

今日は手術編です。

手術の前の晩は睡眠薬をもらって飲んだけど、3時間くらいしか眠れませんでした。

夜中に枕が高いのが気になり、思い切ってナースコールを押してみました。(ナースコールって勇気いりますね、”この程度で呼んでいいのかな?”と躊躇します)

枕の低いタイプがないか聞いたのですが、ないとの事で、代わりにバスタオルを借りさらに自分の持ってきたタオルで調節して何とかやり過ごしました。

一度起きたら睡眠薬の効果も薄れて眠れないし、ちょっと偏頭痛もあるし落ち着かない夜でした。

ちなみに私の手術開始予定時間は朝9:00。昼には終わり、その後次の日の朝10:00過ぎの回診まで寝たきりになると聞いていました。

何とか夜が明け、麻酔科の先生に水分をたくさん摂取するように言われていたので手術2時間前までこまめに水分補給&排泄もしっかり。

1、2時間前くらいには執刀医の先や病棟の看護師長さんも挨拶に来られた。

ドキドキの待ち時間を過ごし、ついに手術室に行く時間。付き添いの看護師さんも来室し、ほぼ同時に家族(母、弟)も到着。

「もうちょっと早く来てくれてもいいのに」と文句言いつつ家族にサラッと挨拶し、自室を出た。

荷物はすべて付き添いの看護師さんが持ってくれたので私は手ぶら。こんなふうに普通に手術室へ歩いて行くんだね。業務用通路&エレベーターを使って移動していき、あっという間に手術室エリアへ。

そのエリアはドラマのセットのような見慣れない物がたくさん置いてあって、いろんな人がバタバタとして無駄に活気づいた場所だった。

これから手術をすると思われる医師がエンジンを掛けるがごとく腕を鳴らすように座っていたり。

私は緊張を通り過ぎて、すごい笑顔で同伴の看護師さんに喋りかけていた。

しばらくすると前日挨拶をしたオペ室の看護師さんが来てくれて、私を手術室へ案内してくれた。

そこからは記憶がフワフワとしている。

想像より小さな手術台に仰向けになると、持参したバスタオルで首から下を覆われたなと思ったとほぼ同時に着ていたものを脱がされていた。

あれよという間に、点滴を入れられ、自分の鼓動の音がスピーカーから聞こえた。あと、リクエストした宇多田ヒカルの曲も。

自分の緊張している心臓の音を聞いていると、麻酔科の先生が

「お薬入れていきます。もうすぐ眠くなりますからねー」と言いいながら、私の口にマスクを当てていたと思う。

私は”眠くならなかったらどうしよう”なんて考えた数秒後から記憶がなくなっていた。。。。笑

この間の意識ってどこに行くのでしょう?

唯一覚えているのは複数の人影に囲まれて見送られ?ているようなシーンのみ。

「未泱さーん、未泱さーん、分かりますかぁ?」と呼ばれて薄っすら目を開けると、ベッドで手術室から自室に移動しているところらしく、その脇には家族の顔が見えた。

「未泱さん、どこか痛いところありますか?」とか何か質問されて、私は何か答えたと思う。でも意識は朦朧としていて、すぐにまた眠りに落ちた。

またしばらくすると、看護師さんに「痛いところはありますか?」と聞かれて少しまた目を開けた。今度は自室にいることがわかり、酸素マスクを付けられていてやっぱり頭がボーッとする。

痛いとかその辺はあまり記憶がない。

看護師さんが退室すると、今度は母が「大丈夫?」と言いつつ「お腹空いたんだけど、ご飯食べてきていい?」と何とも素っ気ない言葉。

ちょっとイラっとしたけど、頭がはっきりしないので頷くしかできなかった。

そしてまた眠りに落ちた。

しばらくすると家族が戻ってきて、少しだけ意識がはっきりしてきたので「私ってリンパの転移って何て言ってた?」って聞いた。

だが、あまり頼りにならない答えで「無いって言ってた気がする」くらいしか分からず不安なまま。

それくらいの会話で家族は帰って行った。

それからは数時間おきに看護師さんが脈拍や血圧、体温を測ったり、傷の状態やドレーンの袋を確認しに来てくれて。水も飲めないので、寝たままで”うがい”をさせてくれた。

こんなふうに介助される自分がどこか変な感じ。

ちなみに傷の痛みは、薬のお陰か少し大きな擦り傷のような痛み程度でした。痛みの場所は切ったところじゃなくて「端っこ(鎖骨の下や胸の下)が痛い」とよく伝えていました。

正直この時の辛さは傷の痛みより寝たきりによる”腰の痛み”でした。

私は翌日の昼前にある回診まで頭を上げてはいけないという指示だったので、手術後24時間仰向けだったのでそれが一番辛かったです。手術をしていない健側を下にして横向きになるのは許可されていたのですが、なかなか出来なくて。。。泣

腰の痛みで何度か看護師さんに相談したのですが、これだけはなかなかどうにもならずで。。。

痛みを我慢しつつもお留守番中のパンサーカメレオンのナギのことが気がかりでスマホをいじってみたり、メールを見て励まされたりしながら何とかやり過ごしました。

結局ほとんど眠れず一晩過ごしました。途中こっそり起き上がろうかと思いましたが、真面目なものでできませんでした。(頭を上げてはいけない理由は全身麻酔後の副作用を避けるためだったはず?)

ようやく待ちに待った朝になり、執刀もしてくれた担当の先生が診に来てくれました。傷の状態も順調とのこと。

「先生、リンパへの転移は、、、、」

「無かったですよ。2つ確認しましたが、どちらも無かったです。良かったですね。」

それを聞いてホッとして泣きそうになりました。

ホッとし過ぎて、頭を上げる許可がいつ出るのか聞きそびれた。。。どうやら先生は外来に行く前に立ち寄っただけで、回診の先生はまた別らしいことを知った(泣)

その後数時間待ち時間があったのだが、それまでの20時間程度に比べたら屁でもない。

やっと回診の先生が来て、うれしくてたまらなかった。

もちろん問題なしで頭を上げる許可が出た!

ベッドのリクライニングで90度くらいまで上げられてしばらく過ごす。

生き返った気分!

嬉しくなって、両手で自分の身体を撫でさすった。

「よく頑張った、私!」

体が慣れたら次は尿道カテーテルを外して、歩くところから!

看護師さんがカテーテルを淡々と外してくれたのですが、私は少し恥ずかしい。付けてくれた時の記憶はないし。

一つ不思議だったのは、手術でもオムツは付けないんだなと思ったこと。聞いてみたら、体が緊張してるから「大」は出ないんですって。

そして、以下は私のその日(手術翌日)のミッション!

・点滴を付けたままで取りあえず廊下をぐるっと一周→クリア!

・カテーテルを取った後の最初の尿を看護師さんに見せる→量もクリア!

昼ごはんを食べる→完食!

ミッションも順調にクリアして、点滴も外してもらえた。

この記録日記はあと2回ぐらいで終わる予定です。

続く!

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