乳がんを経験して⑤

からだのこと

パンサーカメレオンのナギの旅立ちもあり、少し間が空いてしまいました。

1つ前の記事↓乳がんを経験して③『乳がんを経験して③』↑半年くらい前のナギと姪っ子前回の記事の続きです。ドキドキしながらMRI検査から5日後に担当医に結果を聞きに行きました。画像診断を受けた施設の医師からは脇に転…ameblo.jp

前回のブログ記事を簡単に振り返ると

乳腺専門のクリニックで受けた健診で右胸にステージ0の癌が見つかり、入院・手術のために総合病院の乳腺外科を紹介をされました。

MRI検査を受けましたが、本来期待されるはずの癌の広がりはわからず、マンモグラフィーとエコーの結果で全摘手術を勧められることに。手術の日取りもそのタイミングで決まりました。

と同時に、クリニックでは指摘もなかった左胸にも癌の疑いのある腫瘍が見つかったため、針生検を受けて結果待ちというところでした。

初めてのことだらけで不安は頂点に達していたのですが、ちょうどこのタイミングで夕馬さんのセッションを受けることになっていたのでボクシングのインターバルのような、一旦作戦タイムです。

夕馬さんのセッションについては↓

こちら
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不安と混乱で頭はグチャグチャだった割に日常生活の中で泣くことすらできなかったのですが、セッションではすべてが剥き出しの状態になります。

とにかく色々不安を口にしていて、ずっとポロポロ泣いていたと思います。

人生初めての入院・手術で少なくとも片胸は切除しなくてはいけなくなり。もしかしたら両方の可能性もあるし。

胸を切除することの何が怖いってまずは見た目のこと。

服で隠せる部分ではあるけど、イメージの中で例えばお腹の傷は「傷が体に付いた」という感じなんだけど、胸の場合は「体の一部を失くした」感が大きく、想像の中ですら心が傷ついてしまうのです。(わかりにくくてすみません)

例えば銭湯に行ったとして、ギョッとされるのはお腹に傷がある人より、片胸が無い人かなというか。。。

おまけに

早期発見だったとは言え癌は癌で、急に”死”というものが身近に感じるようになっていました。

癌って「5年生存率」という言葉で語られることも多いのですが、私の場合は5年生きてる確率は高くても”5年”って割とすぐだし、今まで当たり前におばあちゃんになってる自分を想像してたけど40代入ってすぐ癌になってるようでは親より先に逝くこともあり得るんだと考えるようになりました。

セッション中とにかく話を聴いてもらい、いっぱいいっぱい泣きました。

なかなか親や友人にもここまでの苦しさを吐き出すことは難しいものです。

ちなみに家族で最初に伝えたのは母のみだったのですが、受け止めきれず目を背けようとしているのがわかりました。

“大したことないに違いない”と繰り返し言ってました。

とてもじゃないけど、私の苦しみを抱えられるほどの器(キャパ)はないことがわかり、むしろ私がしっかりせねばと気を張るしかありませんでした。

親も”ただの人”ということですね。良くも悪くもガッカリ。イメージでは親は子を必死で助けようとするものだとばかり思っていたのですが、人によるようです。

親でも受け止めきれないものを夕馬さんがしっかりと受け止めてくださり、どれだけ救われたことか。

受け止めるだけでなく、私に”今やるべきこと”を指し示してくれました。

混乱状態でも、”今は何をやるべき時か”がわかるととりあえず頑張れるんだなとこの時思いました。

まず、

私は医者の立場から見て全摘手術しかないと決めつけていて、部分切除にした場合のこととか一切聞かずにお医者さんの言いなりで突き進もうとしていました。

医者も人であることとか、医者も仕事として言ってるとか、私の人生は私のもので私しか責任を取れないということを夕馬さんに言われてハッとしたのです。

私も他の方の体験談を読んだりしましたが、「何とか部分切除にして欲しい」と懇願したり、納得できずにセカンドオピニオンやサードオピニオンを聞きに行く人だって多いのです。

私は他の選択肢を自分に問うこともせず、一方的に”全摘しかない”と納得できない答えを受け入れるしかないと思っていました。

どんな時でも私の人生の主人は私であることや、肉体はその私を支えてくれるこの世のパートナーなんだから大切にするということ、その上で自分がどうしたいのかを自ら選択することをアドバイスいただきました。

そして「癌は闘うものじゃなく、共栄共存よ」という新しい視点をもらいました。癌は誰しもなるもの・持ってるもの、消すことのできない自分の一部としてうまく共存するものと捉えてこの課題に取り組むことにしました。

その一つの方法として、予後が良いように食事を気をつけるといいよと色々教えていただきました。

振り返れば、食事はカロリーしか意識しておらず太らなければ何食べても良いと思っていました。ストレス発散でジャンクフードとコンビニスイーツも頻繁に食べていましたし。。。サプリはたくさん摂っていたのでそれで健康を意識してるつもりだったのです。

この時のセッションでは

自分の体(特に右胸)の声を聴くこと、栄養を意識した食事に切り替えること

を心に据えて終了。

そして手術が終わるまでセッションを2週間おきにしてもらい、やれることは全部しようと心に決めました。

心が決まってようやく、現実を受け入れる勇気が湧いてきたのです。

ここから栄養について学び始め、それと心の安定のために気になっていたパソコン教室に通うことにしました。

せっかくなので休養期間に転職のためのスキルアップもしてしまおうと目に見える目標も作りました。

お金はそこそこかかるけど、自分の人生の一大事にお金を使わずしていつ使うと思ってやり始めました。

そして、ここから私はスタートしたのです。

続く!

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